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[日本] ピアノの話



■ベネデッティ・ミケランジェリ

イタリアの生んだ名ピアニスト、リストの再来と呼ばれた
ベネデッティ・ミケランジェリの面白いエピソードがあった。
彼は1965年初来日。

この初来日以来、何があったか知らないが、ミケランジェリは絶大なる日本びいきになんてしまった。
その結果として、日本人の若い女性の弟子が、突然増えた。
なにしろそんな中の一人で私の幼馴染だった某女流ピアニストが断言したのだから、間違いない。

「彼はね、日本人とわかると生徒にしてくれちゃうのよ」

(略)
ミケランジェリの日本人及び日本びいきは、日本からの弟子を取るにとどまらず、日本のピアノと調律師をひいきすることにも及んだ。
恐らくミケランジェリは、日本のヤマハピアノとその技術を世界の桧舞台に本格的に紹介した、初めての第一線の演奏家ではなかったろうか。

私の尊敬する友人でポルトガルのピアニスト、ホセ・ド・セケイラ=コスタはあるとき思いがけないプレゼントを受け取った。
ある朝、自宅のドアを開けてみたら見知らぬ日本人が立っている。

「私は日本のヤマハピアノの技術者ですが、ミケランジェリ先生のご依頼により、
 あなたのピアノを調律にミラノからやってまいりました」

ミケランジェリはお気に入りの調律師、村上輝久氏の技術を、セケイラ=コスタにプレゼントしたのである。
この村上さんとミケランジェリとの出会いも、65年の来日がきっかけであった。
そして村上さんは、その翌年の66年、ほんの一ヶ月の滞在のつもりでミラノにやってきて、
結果的には4年もいることになってしまった。
ミケランジェリに引き止められてしまったからだ


■日本の音響状況について

アメリカとの比較で言えばカリフォルニア一州分にも満たない小さな国の津々浦々に、千を越すホールがあって、
今やその大部分が世界一級の美しい響きとピアノを備えているのだ。

こんな国は、世界広しと言えども日本以外にはない。
なにしろいまや、ホールの響きも最高、ピアノとその調律師も最高
(近年欧米ピアノ調律氏のレベルはとても低下していて、来日するピアニストはみな、日本の技術者を連れて帰りたいと心からうらやましがる)
海外にでたときみじめで悲しくなってしまう。
美しい響きのホールとコンサートピアノに恵まれた日本は、ピアニストにとっては本当に天国になってしまった

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